視覚技術
人の視覚のように,そして人の視覚を越えて – 視覚を技術する
巷に溢れるディジタルカメラやスマートフォンなどの映像メディアによって,私たちの生活は便利に,そして豊かになりました.しかしながら,それらの映像メディアでは映像情報を取り込み,符号化し,認識するという私たちの視覚機能には遠く及ばないことも事実です. このプロジェクトでは,視覚に関する基礎研究で得られた知見を「技術」として結晶させることを目的に,以下のような様々な問題について取り組んでいます.
光源設計
私たちがモノを見るうえで,光源は非常に重要な要素です.例えば,物体を観察する際,光源のスペクトルによって物体の見え方は大きく変化します.本プロジェクトでは,任意のターゲットの色の違いを強調するといった(例: ジャム中の異物を強調),特殊な機能を持った光源 “機能性光源” の設計・開発を通して,異物検出補助光源など,付加価値を持つ光源を実現する研究をしています.
私たちは視覚情報の中でもとりわけ色情報から非常に多くの判断を行っています.食品を例にとると,食品の鮮度や熟度,あるいは変質や品質の劣化を色から察知することができます.本研究室では,色の違いを強調することに特化した照明の波長特性を求め,LEDによる照明装置として実現する研究を行っています. 上の画像は目視検査工程を想定して,異物と食品の色の違いを強調するように設計した例です.設計したLED照明下(左画像はオンマウス)では蛍光灯下と比較して,食品中の異物(種や石)がはっきりと見分けることができます.
参考資料はこちら
イメージング
私たちは視覚情報から多くの情報を得ていますが,食べ物の鮮度や果物の糖度といった,ヒトの視覚だけでは取得・定量化が困難な情報も存在します.本プロジェクトでは,分光・蛍光情報を利用した目に見えない情報の可視化を通して,社会上の様々な問題の解決を模索しています.
鮮度が落ちることにより変化する蛍光成分に着目し,励起・蛍光マトリックス (EEM) を用いて冷凍魚の鮮度の推定を行いました.鮮度と旨み成分量の推定に最適な励起波長と蛍光波長の組み合わせを調査し,得られた最適な蛍光成分を用いて魚の鮮度指標K値と旨味成分IMP値の可視化に成功しました.
[関連論文]
- M. V. Bui, M. M. Rahman, N. Nakazawa, E. Okazaki, and S. Nakauchi (2018). “Visualize the quality of frozen fish using fluorescence imaging aided with excitation-emission matrix,” Opt. Express 26, 22954-22964. [外部リンク]
- Gamal ElMasry, Naho Nakazawa, Emiko Okazaki, Shigeki Nakauchi (2016). Non-invasive sensing of freshness indices of frozen fish and fillets using pretreated excitation–emission matrices;, Sensors and Actuators B: Chemical, Vol. 228, No. 2, pp. 237-250, 2016. [外部リンク]
- Gamal ElMasry, Hiroto Nagai, Keisuke Moria, Naho Nakazawa, Mizuki Tsuta, Junichi Sugiyama, Emiko Okazaki, Shigeki Nakauchi (2015). Freshness estimation of intact frozen fish using fluorescence spectroscopy and chemometrics of excitation-emission matrix;, Talanta, Vol. 143, No. 1, pp. 145-156, 2015. [外部リンク]
蛍光情報はとても有益です.ただし従来の蛍光指紋イメージングシステムはバンドパスフィルタを透過した微弱な蛍光を観測するため,暗室内で計測するという制限があり,また高感度なCCDカメラと高出力の光源を要するため装置コストが非常に高いという問題点があります.そこで我々は,より実現場への導入に適した蛍光イメージング手法として,動的照明制御によるリアルタイム蛍光イメージングシステムを提案しました.LED点灯時のフレーム画像とLED消灯時のフレーム画像を抽出し,これらの差分フレーム画像を算出することで外光や背景といったノイズ成分を除去することで,外光下での蛍光画像のリアルタイムモニタリングが可能となりました.加えて,提案システムの装置コストについて従来システムとの比較により検証した結果,装置コストを大幅に削減することができました.
しみやしわなど肌に悪影響を及ぼす紫外線への対策としてサンスクリーン(日焼け止め)がよく用いられています.サンスクリーンの紫外線防御指数としてSPFが用いられ,製品を選ぶ目安となっています.SPFは,肌に直接紫外線を照射し日焼け具合から算出するため,被験者に負担がかかってしまいます.そこで,サンスクリーン塗布状態の反射光に着目し,反射率から透過率を推定するモデルを提案しました.これにより,SPFの推定だけでなく,上図に示すサンスクリーン防御能力,時間変化による防御能力変化の可視化に成功しました.
色覚異常に関する研究
ヒトの色覚は,錐体の分布によって人ごとに異なります.この,赤,緑,青付近の光にそれぞれ反応する3種類の錐体細胞のうち1種類以上の働きが一定以上弱いと色覚異常が生じます.色覚異常の人は,赤と緑の差異が分かり難いなど,色知覚が人と大きく異なる場合があります.先天性の色覚異常は,日本人男性の約5%,女性の0.2%がもっているとされています.色覚異常を持つ人が少数であること,また他人の色知覚を直観的に共有することが困難なことから,色知覚の差異によって見えにくい色表現が存在することの理解が難しいという問題があります.
現代社会において、例えば、警告や路線図、ハザードマップといったあらゆる情報において、色情報は大きな意味を持ちます.本プロジェクトでは,色覚異常を模擬するフィルタ・光源の設計と開発を通じて,社会における色覚異常への理解とカラーユニバーサルデザインの重要性の周知に貢献しています.
教科書,防災マップ,案内標識など,視覚サインに色が多用されています.しかしながら日本人男性の約5%を占める色弱(色覚異常)者は特定の色の組合せの識別が困難であり,色彩による情報表示が必ずしも情報伝達効率を向上させるとは限りません.色覚特性の違いによらず,誰に対しても色の混同が生じない配色設計(カラーユニバーサルデザイン :CUD)が急務とされています.
本研究室では,色弱者にとって混同しやすい色組合せを一般色覚者(正常色覚者)がリアルタイムに体感・発見できる分光フィルタを世界で初めて設計・実現しました.現在では,色弱模擬フィルタ「バリアントール」シリーズとして製品化され,民間企業や行政機関等における印刷物,公共サインや教科書等の配色チェック,学校環境の整備,教育・医療従事者の教育,CUD啓発セミナー等で広く利用されています.
[産学官連携研究]
[共同研究]
[製品サイト]
[受賞・認証]
今日における色覚検査は,全て検査参加者の回答をもとにしています.そのため,検査内容の暗記やバイアス等によって正しく計測することができない可能性があります.正しい色覚特性を知ることは,日々の生活における注意点を理解することができるため,自身の色覚特性を把握することは重要であるといえます.
本研究では,瞳孔反応から参加者の色知覚状態の推定を行うことによって,参加者の応答によるバイアスのない客観的な色覚検査手法を考案し,検証を行いました.現在は本手法の精度向上と検査機器としての実装を行っています.
その他の研究
本研究室では,他にも様々な研究を行っています.
シャインマスカットは農研機構果樹研究所で開発された優良な白ブドウで,果実品質と栽培性に優れていることから,全国的に生産量が急増しています.一方で,果皮色が黄緑色であることから,外観で熟期を判断することが困難であり,現状では屈折糖度計による糖度計測により収穫時期を判断しています.しかし,これは果汁を用いるため破壊計測であり,摘粒や洗浄に時間がかかります.そこで本研究では,近赤外領域に糖度と関連のある吸収帯を見つけ出し,シャインマスカットの糖度推定を行いました.LEDとフォトダイオードを用いた実デバイスにおいても糖度を推定できることを確認し,房状という特殊な形状のため非破壊糖度計の導入が行われてこなかったブドウにおいても,果粒を透過させた光を計測することで糖度の非破壊計測が行える可能性を示しました.
日本を代表する宝石である真珠の品質は,珠の大きさ・光沢感・干渉色の豊富さなどに主眼を置き,鑑定士によって目視で評価されています.こうした評価は,鑑定士の豊富な経験に基づいており,こうした評価を補助する共通の指標の 確立が求められています.そのなかでも,我々は計測が困難とされる光沢および干渉色に焦点をあて,真珠に関わる様々な機関と協働した真珠の計測技術開発および視覚機序に基づく真珠品質の数値化手法の確立およびその装置化に取り組んでいます.
取り組みの一環として,RGB画像からの光学的特徴を用いた真珠の品質推定手法を提案しました.この手法では,真珠の実体色,干渉色,巻きとテリの複数の評価項目を推定するために様々な波長特性をもつLEDを用いて最適光源を設計し,RGB画像で計測可能な情報を増加させることで,一度に多くの真珠の品質を高精度かつ効率的に推定することができます.
[産学官連携研究]
[共同研究]
[関連論文]
参考資料はこちら
真珠の品質は,鑑定士の豊富な経験に基づいて評価され,時間やコストがかかります.
また,こうした評価は昼の太陽光といった自然光のもとで行われるため,季節や気象に左右されやすく,作業時間が限られるといった問題もあります.このような中で,真珠品質の定量化や真珠選別の低コスト化のために,コンピュータビジョンを活用した自動分類手法の開発が求められています.私たちの研究では,複数光源下の色情報を並列に学習する深層学習手法を用いることで,自動分類の高精度化を目指しています.
過去の研究一覧
過去の研究はコチラ