視覚科学グループ 過去の研究
色知覚の不思議
視覚神経系では非常に巧妙な色情報処理が行われています.照明光の変化に影響されない色知覚はその良い例です.上の図を見てください.リンゴにだけ青色の照明光が当たっていると不自然な青いリンゴに見えて違和感を感じますが,図全体に青い照明光が当たっていればリンゴは元通り赤く見えると思います.これは,見えている画像に照射されている光の色を視覚系が推定し,元の色になるように補正して知覚しているためと考えられています.こうした現象は色恒常性(Color
Constancy)と呼ばれています.われわれはこうした視覚の機能について,物理的な色信号の統計的性質(平均色や輝度−色相関など)と視知覚の関係を明らかとするとともに,各点からの反射光によらない色恒常性メカニズムの解明を目指しています.また,色恒常性に関する研究成果は自動色補正機能を有したビデオカメラの開発などへの応用が期待されています.
色の並びが他と異なったチェッカーパターンが一つだけありますが,すぐに見つけられるでしょうか?背景が無いときは難しいかもしれませんが,背景が出るとあっという間に見つけられると思います.重なった面の色情報からそれらの奥行き関係を推定し,面を分離して知覚する透明視(Perceptual
Transparency)によって,私たちは不透明な面を一瞬にして見つけ出すことができます.われわれはこうした透明視について,透明物体に覆われることにより物理的に生じる色の変化と透明性知覚の関係を明らかにすることを目指して います.また,透明視は色恒常性とも深く関連していると考えられています.
アニメーションや駅の電光掲示板などは実際には静止画を連続で切り替えてるだけなのに,人はそれをあたかも動いているように認識します.このような運動を仮現運動といいます.本研究室では仮現運動が色知覚にどの様な影響を与えるのか研究を進めています.
物体表面から反射される光は色や模様を表現する「拡散反射成分」と映り込みを表現する「鏡面反射成分」に分けることができます.これらの反射成分の関係性を見ることで,私たちは光沢感や透明感などの質感を知覚できると考えられています.しかし,ヒトの視覚系が2つの反射成分を別々に切り分けているのかどうか実験的には明らかになっていませんでした.本研究室では,「色順応」という手法を用いて,拡散反射成分と鏡面反射成分で異なる色に彩色された刺激に対して,反射成分ごとに異なる色順応が生じるかどうかを調査し,反射成分に選択的に反応するメカニズムの解明を目指しています.
蛍光ペンやネオンカラーファッションといった蛍光色で色付けされた商品は身近にたくさん存在しています. 蛍光とは外部から光を受けた蛍光物質が受けた光よりも長波長で発光する現象です. しかし,蛍光発光するはずのないディスプレイ上の画像や,ファッション誌の写真でも人は蛍光色であると知覚することがあります. 蛍光に対する知覚現象は現在までほとんど研究されておらず,そのメカニズムは解明されていません. 本研究室では蛍光の知覚がどのように生じるのかを研究し,色の見えの観点から蛍光色の定量的な評価を可能にし,蛍光色のもつ知覚的な役割について明らかすることを目指しています.
ヒトの色覚メカニズムに関する多くの研究により,ヒトの視覚系における色情報表現は,網膜上では3色で表現され,次の段階では4色(反対色)で表現されるといったように,処理段階によって異なることが明らかにされてきました. しかし,反対色以降の色情報表現である高次色覚メカニズムについては多くの調査がされてきていますが,未だにはっきりとした答えは得られていません. 本研究室では, Classification Image 法 という被験者の応答と相関が高い情報をランダムノイズから見つけ出す「逆相関法」により,高次色覚メカニズムの特性調査と数理モデル構築を目指しています.
[関連論文]
材質知覚
物体の表面を見ているとき,私たちはその色や明るさだけでなく,光沢や透明感,金属感,やわらかさといったものも感じ取っています.例えば,上図の中でどの球の材質感が異なると感じるでしょうか?それぞれの球の色合いは近いにもかかわらず,私たちには,材質感の違いを瞬時に判断することができます.このことから,きわめて複雑な光学現象からなる表面の材質感という特徴をヒトは容易に判断していることがわかります.こうした材質感に対するヒトの知覚メカニズムを解明することを目的として,私たちは心理物理実験をもとに検証を行っています.
透明感は光の透過や物体内での散乱等の複雑な光学的な特性によってもたらされます.しかし,ヒトは物体の光学的な特性そのものを知らない場合でも,網膜に映った物体像のみから透明感を容易に知覚することができます.この透明感を知覚するメカニズムについては未だ解明されていません.本研究室では,物体画像の画像特徴を細かく調整した実験により透明感に寄与する物体画像位置を特定したり,透過率の異なるプラスチックボトルの照明環境による透明感知覚の変化を定量化したりすることにより,透明感と関連する画像特徴,およびそれを捉える視覚系のメカニズムの解明を目指しています.
私たちの身の周りには様々な材質からなる物体が存在しており,ヒトは物体を見ただけで瞬時にその材質を判断することができます.それだけでなく,つややてかりといった光沢感や,手触りの感触に関わるような表面粗さなどの質感を判断することができます.ヒトが材質や質感を判断する際には,色やコントラストといった単純な画像統計量だけでなく,さらに複雑な画像情報も用いていることが示唆されてきています.しかし,その情報が具体的に何であるかはまだ明らかにされていません.また,そのような画像情報が視覚系のどのレベルで処理されているのかについても分かっていません.本研究室では,様々な材質からなる実物体サンプルを用いた心理物理実験を行うことで,ヒトの材質識別メカニズムや,材質識別に寄与する画像情報,ヒトの質感認知メカニズムの解明を目指しています.
鏡とガラスのような材質は,物体の形状に依存して周辺の環境が写り込んで見えたり,透過したりするという共通の特徴を持っています. しかし,私たちは日常生活の中でその材質を間違えることはあまりありません. 本研究室では鏡とガラスの材質識別に関わる視覚的手がかりの解明を進めています. その結果,映り込み・透過像の運動情報と色極性が重要な手がかりになっていることが明らかになりました.
2色覚
私たちは一般的に,青,緑,赤の3種類のカラーセンサー(錐体)から色を知覚する3色覚者です.しかし,時に遺伝的要因によって3つの錐体のうちの一つが欠失することにより,特定の色の組み合わせの弁別が極めて困難な,2色覚と呼ばれる色覚を発現することがあります.2色覚者は,もともとヒトが持っている3錐体のいずれを欠失するかによって大きく1型から3型に分類され,その中でも1型と2型の2色覚者は,割合でいえば日本人男性の5%,人口にして300万人にもなると言われています.しかし,今日でも2色覚に対する社会的な認知度は未だ高いとはいえず,Webサイトや広告,さらには教科書や公共標識に至るまで,2色覚者が見分けにくい色遣いをしてしまっているケースが多々見受けられます.そこで本研究室では,どんな色覚を持つ人にも見やすい「カラーユニバーサルデザイン(CUD)」を促進するための各種ツールの開発,および視覚実験による2色覚に関する学術的研究を推進しています.
赤緑色弱と呼ばれる1型と2型の2色覚者は,赤緑方向の色の弁別が極めて困難であることが知られています.しかし一方で2色覚者は,ほとんど同じ色に見えているはずの色を「赤」や「緑」などの色名を用いて,3色覚者と同様に答えることができます.こうした2色覚者の「見分けられない色を言い分けられる」能力は,一体どのようにして生じているのでしょうか?本研究室では,2色覚者の色名応答を様々なアプローチから検討することで,この問題の解決に取り組んでいます.
上の2つの画像(左:シャープな画像,右:ぼけた画像)を注視してください(10秒程度).次に,マウスを画像の上にのせると画像が切り替わります.そのとき左右どちらの画像がぼけて感じたでしょうか?2つの画像は全く同じですが,おそらく左のほうがぼけていると感じたと思います.この現象は,ぼけた画像を観察しているあいだ,視覚システムがそのぼけた画像から情報を最大限に引き出すために,網膜像に対してぼけを軽減するような処理を行っていたからではないかと考えられています.私たちはこのような視覚に関する現象の詳細を実験的,計算論的アプローチによって明らかにしていくことで,視覚システムの解明を目指しています.
運動研究
ヒトがある物体を見るとき,目の動きだけで見る場合,頭だけで見る場合,頭と目の動きで見る場合など多く経路が存在します.ヒトはこれらの中から瞬時に一つの経路を選択し,動作を行っています.また,複数の身体部位が協働する動作の場合,まず 目を動かし,その動きに合わせて頭の動きを調整し,さらに肩の動きを調整するといった階層的な調整が必要となります.このような関係性を身体の“階層性”といいます.
ヒトがある物体を掴む場合の手の軌道と注視点の関係や歩行運動,回転運動における目と頭部と体の関係については研究されています.しかし,目を含む複数の身体部位の動作の階層性に関する議論はなく,これらの階層性,および,学習による階層性の変化については明らかにされていません.そのため,本研究室では到達運動における眼球と身体部位の階層性を計測するために,モーションキャプチャシステムと眼球運動計測装置による計測系を構築しました.さらに,この到達運動を複数回行うことによって,学習による階層性の変化について研究を進めています.
私たちはどのようにして世界を知覚しているのでしょうか?このような基本的な疑問に答えようと数多くの研究が行われてきましたが,知覚のメカニズム,特に正確な物体の動きの知覚については完全には解明されていません.本研究では,頭の動きに伴う視野の変化によって,知覚の精度が影響を受けるかどうかを調査するために,VRを用いた研究を行なっています.上の画像は,実験に用いた画像で,VR空間上での球体の運動を判別する実験を行ないました.