私たちの記憶は曖昧であり、不正確な記憶は様々な影響をもたらすことがあります。例えば、被害者や目撃者からの情報をもとに、容疑者の合成写真を作り出す「モンタージュ写真」があります。これは目撃者の主観的な応答に依存しており、容疑者の顔が正確に割り出されない可能性があります。このように、ヒトの主観的な応答に依存しない記憶検出手法の必要性は高いといえます。そこで本研究では、キメラ顔刺激を用いて、意図的に曖昧な記憶が発生しやすい状況を作り、脳波計測から顔想起プロセスの際に発生する曖昧な記憶のメカニズムの調査を行っています。

私たちは不規則に並ぶ図形の集合やある物体の表面の模様など，元々は顔ではないものが顔に見えてしまうことがあります．これを顔パレイドリア現象といいます．この現象は私たちの知覚，認知に影響を与えることが数々の研究から明らかにされており，「顔らしいものは目につきやすい」，「車の前面が威圧的な顔に見えると歩行者の行動が慎重になる」といったことが知られています．顔パレイドリア現象の発生メカニズムを脳活動から調査した研究では，実際の顔を見た際にはN170と呼ばれるERP成分の振幅が大きくなりますが，顔パレイドリア現象によって誘発されるN170も同様に振幅が大きくなることが知られています．しかし，顔に関連する成分以外のこの現象によって誘発されるERP成分についてはほとんど報告されていません．本研究テーマでは，顔パレイドリア現象に関連するERP成分の特定をすることで，この現象の発現要因を明らかにすることを目的としています．

人は無意識のうちに顔に対して，特異的な速さで処理を行っていると考えられています．また，顔検出には完全は顔情報を必要とはせずに，情報量の少ない顔からでも補完により検出が可能となっていることが示されてきています．しかし，無意識下で情報量の乏しい顔刺激がどのように処理されているか，まだ全容が明らかになっていません．そこで，私たちは連続フラッシュ抑制という意識的処理を抑制する手法を用いて，顔刺激の情報量を意図的に操作し，無意識下における顔の処理について調査しています．

私たちの判断は，感情状態によって変化します（感情プライミング）．しかし，同じ感情状態であっても感情状態やその状況によって全く異なる判断が生じることが報告されており，感情状態が「判断」に与える影響は完全には解明されていません． 本研究では，感情プライミングの効果を決定する要因として，判断対象の抽象度に着目し，異なる芸術様式の絵画（抽象 / 印象派）に対する好みの評価を，誘導した感情状態間で比較しました．結果，判断対象の抽象度が高いときに正の感情によって好みの評価が向上することが判明し，抽象度が感情プライミングの効果の大きさを決める要因の1つであることが分かりました

テンションが上がる，下がるといった言語表現のように，私たちは日常的に快感情を上側の空間，不快感情を下側の空間と結びつけています．従来の研究では，感情処理が垂直空間への注意を促進することが示されています．しかし，このような研究は視線を伴う顕在的注意を向ける必要があり，視線を伴わない潜在的注意に関する議論は十分ではありませんでした．ここで両方の注意状態を検討することで，感情と垂直空間を結び付ける認知メカニズムをより詳細に解明することができます．本研究では視線に関わらず注意した先の明るさを反映する瞳孔径に注目し，上下で輝度が異なる背景と情動的音声を呈示したときの瞳孔径の変化から，感情処理が垂直空間に対する潜在的注意に与える影響を研究しています．

自身がその時点で感じている感情の強度は，感情状態と呼ばれます．また，この感情状態には個人差があり，それにより，人が日常で感じる各感情の経験頻度にも個人差が生まれます．このような個人の感情の経験頻度の傾向は，感情特性と呼ばれます．このような感情状態・特性は，質問紙を用いて測定されるが，質問紙法には教示内容の理解できない発達障がい者や小児には対応できないと考えられます．そこで，本研究では，自身の感情や興奮状態などを反映するとされる瞳孔反応から，感情状態・特性を推定可能か明らかにするため，調査を行っています．

目は口程に物を言うということわざがあるように人の瞳孔は感情の変化や疲労度合いなどによってその大きさを変化させます．しかし，この情動や疲労に伴う瞳孔径の変化は瞳孔径を変化させる他の要因に比べて非常に小さい変化になります． 本研究では，瞳孔径の変化に最も影響する光による変化を機械学習を用いて中心視の画像から推定し，情動反応に伴う瞳孔径の変化を抽出する研究を行っています．

色の3要素の一つである色相は，時間知覚に影響を与えることが知られています．しかし，速度知覚では物体の移動方向が影響を与えること報告されていますが，色相による影響は明らかになっていません．また，実験室環境は現実環境と乖離していると指摘されています．本研究では，VRを使用し，色相と移動方向が速度知覚に与える影響について調査していきます．

異なる情報量の刺激がそれぞれ同じ時間だけ呈示されたとき，ヒトは時間が異なっているように知覚することが知られています．また無意識下における呈示刺激によっても，知覚する時間は変化することが知られています．本研究では，「無意識下における色情報量の変化」に着目し，知覚時間にどのような影響が及ぼされるかを調査しています．「無意識下における色情報量の変化」については，VR装着中に流れる映像の，視点中心部以外の範囲を徐々に脱色することで実現しました．

瞳孔は明るい場所では小さくなりますが，実際の光の量以外にも，太陽のような明るい物体の写真によっても小さくなります．本研究室では，太陽にも月にも見える画像を見た際の瞳孔の大きさを計測する実験を行いました．その結果，太陽に見えた場合では月に見えた場合よりも瞳孔がより小さくなりました．これにより，太陽の画像による瞳孔の縮小では，太陽の画像が持つ物理的な特徴よりも，太陽であるという認識がより大きな影響を与えることを示しました．