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39. 帰国に際して−エピローグ−

今月末(1999年2月末)で私のフィンランド滞在も終わる.帰国すれば必ず「フィンランド生活はどうでした?」と聞かれるに違いない.が,「こうでした」と簡単には言えるものではないし,そう言えないような滞在にしたいと願っていた.このホームページを開設しようとしたそもそもの動機は,「フィンランド生活はこうでした」と言う代わりのモノを残したかったからである.いやはや便利なもので,写真も(画質さえこだわらなければ)日記形式のページにこうして簡単に貼り付けることができる.そのときは強烈な印象を伴った経験であっても,やはり次第に色褪せてしまうのが記憶である.というか,記憶そのものは私の中に存在するのだろうが,それを思い出すことが出来なくなってしまう.せめて,フィンランド滞在の記憶を呼び出す助けになれば,というのも,このホームページを作った動機の一つである.

このホームページの主内容である「フィンランドでの出来事」では,ごくごく日常的な出来事を中心に扱った.本職である研究内容や大学での研究室の運営,フィンランドにおける科学技術政策,等々については,また別の機会があろう,と考えた結果である.この手の内容に関しては個人的に著者までお尋ね頂ければ幸いである.

残念ながら,ここで今回のフィンランド滞在をまとめることができるほど,私も自分の記憶を整理できていない.非常にありきたりの言葉で言えば「あっという間であった」,「充実していた」,「家族皆,病気もなく良かった」程度のモノになってしまう.ある程度の時間が経過し,日本での生活が始まり,再度フィンランドを日本人の目から眺められるようになったときには,何らかのまとまった感想を述べることができるであろう.ここでは,このホームページで取り上げたかったが,それがかなわなかったテーマを列挙することにしたい.

まずはフィンランドにおけるジプシーの話である.フィンランドは日本のようにほぼ単一民族国家のようなものだと固く信じていたが,街でしばしばみかける一目で民族衣装とわかるいでたちの人々,つまりフィンランドジプシーの存在を知り,随分驚いた.しかも,彼らを呼ぶときに使われるある言葉は,幾分蔑視の意味合いが込められていることを知ったときには,さらに驚いた.彼らは彼らのしきたりを守り,彼らの方法で生活している.フィンランドという社会のルールと少々合わない場合もある.失業保険の恩恵にあやかっているから働かないんだ,といったフィンランド人も居た.彼らのことを話すのを好まないフィンランド人も多かった.フィンランドを多少美化して捉えがちであった私が出会った初めての現実である.NHKブックスに関連する書籍がある.興味あるかたはご覧いただきたい.また,彼らの姿を追う写真家もいるそうだ.

ここフィンランドに住み,フィンランド的センスからすればほとんど混沌とも言える日本での生活と比較していつも感じるのは,時間の使い方の違いである.なんとも(日本的センスから見れば)のんびりしたものである.夏の日の長さ,冬の日の短さも随分関係があるに違いない.夏は日が長いので,仕事を終え,食事を済ませてから,外でのんびり散歩をする時間はまだまだ十分ある.冬は冬で日が短く寒いので,家の中での暮らしに工夫が見られる.日本は四季折々の景観を楽しめる場所に違いないが,ここフィンランドも春,秋が随分短いものの,はっきりとした四季折々の景観,生活がある.むしろ,日本よりもその変化は激しいのではないかと思う.子供たちはそうした季節の変化から多くの事を学ぶに違いない.
そうした四季の変化を楽しめる,そんな余裕がフィンランド人にはあるように思う.彼らの生活は四季の変化に従うのである.我々の生活は仕事のスケジュールに従っている.大きな違いである.フィンランドの子供達は,あるときは夏小屋で
父親がふるう(日本で言うところの)アウトドア料理の腕前に尊敬の念を示し,あるときは冬の森の中で,お母さんがみせるスキー技術に驚く.時間,自然,家族,そんなことをこの滞在中に考えた.日本にいてそのまま真似のできることではない.そもそも人口密度が違いすぎる.が,なんとかならぬものだろうか.

フィンランド人が無類の酒好きなのは有名である.が,驚くほどビール瓶やカンなどのごみを見かけないことに最初は驚いた.リサイクルが徹底されているのである.街の主要なスーパーマーケットには,瓶やカンの自動回収機が設置されており,そこで現金になる.この自動回収機もあなどれないマシンであり,最新のパターン認識手法や,スペクトル分析装置が内蔵されているらしい.こうした研究(technolgoy transfer)は国が主体となって非常に積極的に推進している.祭りなどのイヴェントで,酔っ払いが瓶などを放置することもあるが,2,3日後にはすっかり奇麗になっている.子供たちがおこずかい欲しさに集めて現金に変えているのである.もちろん,例えばビールを買うときには,瓶やカンのお金を前払いする形になるため,多少高い.瓶やカンを換金して妥当な値段になるように設定されている.日本でもポい捨て禁止条例などの効果が議論されているが,捨てると罰則,というのではなく,戻すとお金,という太陽政策を見習ってはどうだろうか?機器設置の設備投資費,瓶代の設定等々で困難があるのだろう.フィンランドにこうしたマシンがお目見えしたのもそれほど古いことではないらしい.が,あっという間に全国に広がった.これも小国故の小回りの良さなのだろうか.

豊かな自然と高度に発達した技術力を兼ね備えるフィンランド.それに昨年,今年とHa:kkinen(F1), Ma:kinen(ラリー), Ahonen(スキージャンプ:まだ競技中),それと最近アルペンスキーでゴールドメダルを獲得した若者(名前を失念してしまった)と,(私の知る限り)4人も世界チャンピオンになっている.10ヶ月と短い滞在だったが,フィンランドの魅力に圧倒され,そしてまた,我が日本とはどこに行こうとしているのか,そんなことを考えるきっかけを与えてくれた10ヶ月だった,と言えるかもしれない.

2/18/1999

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