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20. 兵役
 
先日,狩猟が解禁になったという報道をテレビで見ました.ここは森も多く,したがって森に住む動物も多いためか,ハンティングを趣味にする人が目立ちます.猟銃を扱うにはもちろんライセンスが必要なのですが,日本に比べて比較的容易に手に入れることができるそうです.夏小屋に連れていってくれたKarriも,このアパートへの引越しを誘ってくれたPerttiもみんな猟銃を持っています.Perttiは我々家族が住んでいる部屋のちょうど真上に住んでいて,何度か部屋におじゃましたことがあります.先日もちょっと用事で部屋を訪れたのですが,その際,彼の持っている銃を見せていただきました.驚いたことに,彼はハンティング用のライフルだけでなく,軍で使っていたという銃も持っていたのです.
 
一番右がハンティング用のライフル
他は全て軍用銃
一番古い軍用銃
1891年モデル
軍用の銃と一般のライフルの違いはその火力性能だそうです.もちろん軍用銃の方が強力です.さらには,銃の先に銃剣を装着できるようになっており,Perttiはその剣も持っていましたし,実弾も持っていました.そもそもこれらの軍用銃をなぜ持っているかというと,軍用銃もモデルチェンジを繰り返すため,ある時期,それらが売り出されるそうで,そこで手に入れたとのことです.したがって一番古いという銃は1891年のモデルで,実際に制作されたのが1942年,つまり,冬戦争直前の頃です.これらの銃は実際に冬戦争,その後の継続戦争でも使われたらしく,私は感慨深くそれらの銃を見ていました.
 
SAとはSuomen Armeija(Finish Army)の意味
1942という数字が見える
Perttiは非常に手慣れた様子でこれらの銃を分解したり,また組み立てたりして見せてくれました.私が驚いているとフィンランド男性ならみんなできるはずだと言います.なぜなら,フィンランドの男性は兵役があり,そこで銃の扱い方を学ぶのだそうです.もっとも,いまではオートマティックタイプのもっと進化した銃が使われているようで,こうした古いタイプの銃はいわゆるアンティークものとして流通しているのだそうです.とはいえ,実弾も売られていて,きちんとこれらの銃は機能します.
以前,フィンランドの戦争の歴史を知ったときにも感じましたが,フィンランド人の危機意識は日本のそれとは比べ物にならないほど高いものです.最初,フィンランドに兵役があると聞いたときには,そうした考えとリンクさせ,さすがフィンランドだと感心したのですが,実際には兵役があるのはフィンランドに限ったことではなく,むしろ兵役が無いという日本が世界的には特殊だということをあらためて知りました.フィンランドでは,通常19歳から20歳の間の男性は8−10ヶ月間,全国にある軍事施設で兵役に従事します.特別な理由があれば27歳まで兵役従事を遅らせることも可能です.兵役の内容はまさしく様々で,兵器の扱い方,戦術,その他に関するレクチャーから,フィールドワークとして冬のラップランドでの野外訓練,森の中での通信網の確立の仕方など,多岐に渡ります.最近では,女性もボランティアとして兵役に参加することが可能になったと聞きました.また,兵役の代わりに社会活動として,病院で働いたり,刑務所で教官をやったり,大学でテクニシャンとして働く(実際私が働いている大学にも1人いるそうです)という選択も許されるようになったそうです.

そもそも何のための兵役か,ということですが,これはもちろん戦争が起こったときのための防衛が目的です.防衛という意味は重要で,Perttiはフィンランドはこれまで一度も外国を攻撃したことはなく,常に侵略に対する防衛戦争であったと声を大にして言っていました.しかも,敗戦後,日本が憲法で軍事力を持てないという制約が与えられたのと同じように,フィンランドもロシアとの戦争に敗れて以来,限られた軍事力しか持てないという制約(例えば潜水艦は所有が認められていない,など)が与えられていたそうです.1991年のソ連邦崩壊と同時にそうした制約は無くなったそうですが,特別変化は無いとのことでした.

実際,例えばロシアがフィンランドに攻めてきたらどうなるか?そんな質問をしてみました.あまり詳しい内容は言えないが,と前置きして少しだけ教えてくれました.まず,現在兵役についている者が初期攻撃を食い止め,それから,全国にちらばっている将校からそれぞれの地区の民間人(もちろん兵役経験者)にいつどこへ集合,といった内容が即座に伝達されることになっているそうです.例えばここラッペーンランタであれば,恐らく鉄道駅であろう,ということまで決まっているのだそうです.日本人の感覚からすれば,まさに映画の1シーンのような話です.しかしここでは,映画などと呑気なことを言っている場合ではなく,兵役を終えた者であれば誰もが持っている記憶の奥深くに埋め込まれたシークレットプロトコルなのでしょう.恐らく,兵役のあるどの国でもこのような手続きは確立されているはずです.まさに兵役が無いという日本の特殊性を実感しました.

世界情勢はここ数年,劇的に変化しています.したがって兵役,あるいは防衛政策などもそうした変化に合せて変更されていきます.全くそうした話に疎かった私ですが,最近のテロ事件,アメリカの報復攻撃など,現実にそうした事件が起きると,他人事で無いと思い始めました.もちろん,平和を願う気持ちは皆同じでしょう.しかし,自分の知らないところで,多くの軍事的な事柄が日本でも決められています.防衛費だけが一般的な話題の中心ですが,年に1度くらいは日本,あるいは海外諸国の防衛政策についても勉強しても無駄にはならない,と考え始めました.

                    参考: 防衛庁ホームページ  http://www.jda.go.jp/
                              Finish Defence Force http://www.mil.fi/index_en.html
                              Military Links             http://www.bcregiment.com/links.htm

8/26/1998

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