フィンランドが世界に名だたる福祉国家であることは十分知られていますが,その具体的なシステムについて知る機会はあまりありません.私もここに来る前はもちろん,来た後も,医者に行ってもただで済みそうだとか,老人ケアが進んでいそうだとか,その反面,税金が高いなどという,中途半端な知識(というよりもイメージ)しか持っていませんでした.
これを書いている現時点で,さて,どの程度,社会保障のシステムを知っているかと聞かれると困ってしまうのですが,とにかく,その入り口にやっと立てたというのは本当です.税金が高いというのは既に実感していて(税金の話はまた機会をあらためてしたいと思います),あとは学費が全てただであるということ,医薬分業だということ,無料の保育園が存在するということ(このこともまた報告します)ぐらいは,ここに来てすぐに知ることができました.
一番気がかりだったのが,やはり子供の病気で,我々外国人でもいわゆる社会保障がフィンランド人程度に受けられるのだろうか,という点が一番の不安でした.一応,安心のために,旅行保険にも入ってはきましたが,できれば,こちらの社会保障を受けたいと思うのは当然です.携帯電話事件以来,外国人としての不安が募っており,もしかするといわゆる福祉というのは自国民のためだけではなかろうかという疑心暗鬼に陥りがちでした.私の所属する研究室には,私の他にも外国(ロシア,チェコ)から来ている研究者がいて,その人達と話したところ,何やらKELAカードというこの国で唯一(?)通用するIDカードの獲得がここでの社会保障を受ける第一歩であることを知りました.ところが,そのカードを受け取るために,彼らも随分苦労されたようで,奥さんがその任にあたったあるチェコ人によれば,奥さんが何度もその事務所に通い,ときには激怒し,ときには大使館に直接電話するなどの攻防を繰り返したとのことです.結局のところ,KELAカードを手に入れることができたそうですが,これでは私の不安はますます募るばかりです.
といって指をくわえて待っているわけにもいかず,まずは第一歩である住民登録に行くことにしました.行かなければ行かないで特別おとがめも無いようなのですが,KELAカードをもらうには,まずそこでpersonal ID number(Henkilo:tunnus)を獲得する必要があります.研究室の秘書の方に場所を教えてもらい,そもそも事務所で何といえば通じるだろう,などと考えながらそこへ向かいました.受付けの方は英語をあまり理解してもらえなかったのですが,口でpersonal ID numberが欲しいと言いながら(英語で),フィンランド語でHenkilo:tunnusと書いた紙を見せると,こちらの意図を理解してもらうことができ,英語のわかる事務官に紹介してくれました.
後はとにかく必要書類に記入すればOKだったのですが,困った項目がいくつかありました.一つは結婚式の種類なのでしょうか,宗教によるものか,そうであればその宗派(?),あるいはそれ以外か,という内容を尋ねている項目があり,私はてっきり,神前結婚なのだから,宗教なんだろうとそこの項目をチェックしました.と,事務官が,どんな宗教かと尋ねてくるので,もちろん大きな声で"shinto"と答えました.このときは自信があったのですが,世界的に有名だと信じていたshintoが全く通じず,そのpriestはどんな格好をしているのか,と尋ねられたときは「その他にしておけばよかった」と後悔しました.私はいわゆる結婚式場で式をあげたので,そんな立派なpriestもいるわけでもなく,「priestのような人がセレモニーホールにやってきて..」などと説明したものですから,ますます相手は混乱してしまいました.結局,これは日本文化とフィンランド文化の違いからくることだから,説明は難しいなどと逃げつつ,「その他にしておきます」とあっさり説明をあきらめてしまいました.あと一つは,結婚を証明するものを見せろというところです.こうしたこともあろうかと,戸籍謄本をフィンランドに持っていっていたのが役立つときです.が,もちろん日本語で,相手は読めるはずもありません.ですから,これが証明書なのかさえ,理解できないのです.私がこれを英語に訳すから認めてくれと頼むと,あれこれ相談の結果,OKがでました.市長の印が赤色で押されていたのが決め手だったようです.日本ではこれ以上の正式な書類は手に入らない(本当です)と懇願したのも良かったようです.訳すといっても,名前と住所なので,適当です.事務官は縦書きの日本語を横にして読みながら,OKと言うのですから,正式な書類もかたなしではありましたが.
我々3人のHenkilo:tunnusが書かれた紙が入った味気ない封筒が届いたのはそれから5日後のことでした.あとは,これを持ってKELAの事務所へ行くばかりです.