塹壕見学,夏小屋,茸狩りと何かとお世話になっている友人に,今回は狩りに連れていっていただきました.狩りをするにはもちろん猟銃が必要で,猟銃を使うには免許が必要です.さらに,通常は何らかのハンティングクラブに所属して,そのクラブ員が自由に狩猟ができる区域が定められています.友人はMikkeriのハンティングクラブに所属しているため,今回のハンティングはMikkeriで行うことになりました.一口にハンティングといってもその対象は様々です.大きなものだとヘラジカ,小さなものだと野ウサギ,野鳥など,それぞれに応じた猟銃,銃弾,免許が必要なそうです.彼は野鳥のハンティングがお好みで,しかもある特定の種がいつものターゲットだそうです.まったくそうした方面に疎い私は,何でもご指示に従います,とばかり,ほとんど子供が遊園地に行くような有り様でした.
ところが,ハンティングとはかくも壮絶な趣味だったのかと気づいたのはずいぶん後のことでした.まず,ここラッペーンランタからミッケリまでは100kmあります.話を良く聞くとハンティング開始は日が昇る前とのこと.逆算してみると家を朝5時という猛烈な早朝に出発しなければなりません.日が昇る前というのは,野鳥達が目をさまし,食事を求めて木から木へ最も活発に飛び回る時間帯なのだそうです.したがって,その時間帯が鳥を見つけるのにも都合が良いのだそうです.なるほど,さもありなん,と納得した私でしたが,さらにはハンティングの方法が少々想像と違っていました.テレビか本で得た私のわずかなハンティング知識によれば,背の高い葦か何かの間に身をひそめ,鳥達が水面から飛び立つその瞬間を狙って射撃,はらはらと落ちてくる鳥を猟犬がはーはーと言いながら捕まえる,というストーリになるはずです.「よくやったぞ,ポチ(これではあまりに日本的だ)」と言って猟犬の頭を撫ぜてやれば完璧です.
朝方,ミッケリに向かう車の中でそのように想像していた私ですが,どうも話を聞くと猟犬は連れて行かないとのこと.そこで,私が私のハンティングのイメージを友人に伝えると,それは鴨か何かじゃないか,と言います.鴨ももちろんターゲットになりますが,今回はもっと面白い鳥を捕まえるぞ,と友人は興奮しています.そうこうしているうちに,目的地に到着.朝方の森は非常に冷え込むからとズボン下(いわゆるパッチ),セーター,その上に迷彩色のレインコートを着て森に入っていきました.彼は手に猟銃だけ,私は感激の一瞬を逃すまいとディジタルカメラ,ビデオ,スチールカメラをリュックに入れて,それを背負ってという重装備です.「そんなにいっぱい持って,大丈夫か」という友人の声も耳に入りません.それが失敗でした.
今回の獲物は雷鳥(フィンランド語でpyy,英語でgrouse)だったのです.他の鳥に比べてそれほど大きくもなく,しかも仕留めるのが相当やっかいだということで,わずかなマニア達が専門にしているとのこと.この鳥は非常に警戒心が強く,我々が少しでも動くとあっという間に飛んで逃げていってしまいます.そんな鳥をどうやって捕まえるかというと,自分の縄張りに入ってきた鳥を攻撃するというその習性を利用するのです.かといって,鳥のぬいぐるみを置くような方法ではあまりに雷鳥をバカにしています.実は鳥笛を使います.私もこんな方法でうまくいくのだろうかと半信半疑だったのですが,実に良く出来ています.まず,森に入り,ここぞと思う場所で座ります(写真).なるべく座り心地の良い場所を選ばなければなりません.というのも,これ以降,身動き一つできないからです.準備が整ったらおもむろに笛をふきます.最初,友人が吹いた笛の音を聞いたときには,ちょっと調子も外れていてなんだかなあ,と思ったのですが,その笛の音に即座に雷鳥が反応しました.同じ調子はずれで鳴き返してくるのです.これにはおどろきました.こちらが笛を吹き,雷鳥が返す.そんなことを繰り返しているうちに,姿は見えないけどどんどん鳴き声が近づいて来ているのがわかります.これを続けること12,3分,ばたばたという羽音とともに雷鳥が我々の目の前5mほどのところに降りてきました.そこからが大変です.そっと,本当にそっと,銃を構え,さらに雷鳥のいる方向に銃口を向けなければなりません.非常にゆっくりと銃口を構えるまでに,5分はかかったでしょうか.結局,そのころには雷鳥はさらに奥の森に逃げてしまっていました.
それにしても,何という忍耐を必要とする猟なんでしょうか.例えすぐそばに雷鳥が降り立ってきたとしても(あるときは,友人の肩の上にとまって鳴いたこともあったとか),それが銃口の方向でなければ,我慢強く待たなければならないのです.目の前に見えていたとしてもです.実際,我々のすぐ横に雷鳥は降りてきましたが,銃口の向きがそちらでなかったばかりに,仕留めることができませんでした.その場所はあきらめ,森を延々さまよいながら,雷鳥が現れるのを待ちましたが,その日は結局,雷鳥を目にしたにはその一回だけ,仕留めることはできませんでした.雷鳥だけでなく,湖沿いの鴨も狙いましたが,環境保護か何かの目的で,銃弾が以前よりも威力の低いものに換えられたようで,銃弾が鴨に当たったにもかかわらず,鴨はそのまま飛んでいってしまいました.森をさまよう間,私はずっと重い荷物をしょっていたわけですが,森を歩くとはなんと大変なことだったか,やっと悟りました.湖沿いでは,足首の上まで苔か何かが生い茂り,ほとんど浮草の上をふわふわと歩くようなものでした.友人は慣れたもので,さっさと歩いていってしまいます.私は後を追いかけるの精いっぱいで,とてもデジタルカメラを撮るなどという余裕はありませんでした.したがって,上の写真1枚をようやく撮っただけでした.自然を見くびったら大変なことになるというわけです.
そのような大変なハンティングだったわけですが,それでも雷鳥が笛の音に対して反応するのを聞けたことは印象的でした.ちなみに,雷鳥は他のどの鳥よりもおいしいと,かのマンネルヘイムも言ったとか.なかなか姿を見せず,もちろん捉えるのも大変で,捉えたとしても小さいために食べるところはほんの少しの雷鳥が最高の美味であるとはよくできた話です.
これに懲りず,サーモンフィッシング,冬の野ウサギハンティングに連れていってやると友人は意気揚々でした.